結論:「併用」とは、法人と個人事業をそれぞれ持つ形のことです。法人の役員報酬で社会保険に入る仕組み自体は従来からありますが、2026年の厚生労働省の通知以降は、法人側の「事業の実態」と「役員としての仕事の実態」がより問われます。
併用すれば社会保険料が下がる、と言い切れる話ではありません。保険料の増減は人によって違い、実態のない法人は通知の見方に照らして資格を否定される可能性があります。自分の形が問題ないかは、社会保険労務士・税理士・年金事務所に確認してください。
「マイクロ法人を作っても、個人事業は続けたい」と考える人は少なくありません。この形を「併用」と呼ぶことがあります。ただ、併用の解説には「こうすれば保険料が下がる」という書き方が多く、2026年の通知を踏まえた説明は多くありません。この記事では、併用の仕組みを事実ベースで整理し、通知のあとに何が問われるのかを、一次情報をもとに説明します。運営者は税理士でも社会保険労務士でもないため、あなた個人の保険料や税額の計算、有利不利の判断はしません。
「併用」とは何か:法人と個人事業を別々に持つ形
併用とは、株式会社や合同会社などの法人を作りつつ、個人事業主としての事業も続ける形を指す呼び方です。法律上の用語ではありません。法人と個人は、法律上は別の人格です。法人は法人として契約し、帳簿をつけ、申告します。個人事業は、これまでどおり事業主本人の所得として確定申告します。
この形になる人には、たとえば次のような事情があります。いずれも事実としてよくあるパターンで、おすすめの形という意味ではありません。
- 個人で続けてきた事業のほかに、新しい事業を法人で始める人
- 取引先から「法人でないと契約できない」と言われ、その取引だけ法人で受ける人
- 事業の一部を法人に移し、残りを個人で続ける人
- 本業は会社員で、副業は個人事業のまま、別の事業を法人で営む人
法人の作り方や、設立にかかる費用はマイクロ法人の作り方とマイクロ法人の設立費用の総額で整理しています。
社会保険の扱い:法人の報酬と、個人事業の所得は別に見られる
日本年金機構のページには、株式会社などの法人の事業所は、事業主のみの場合を含めて、厚生年金保険の適用事業所になると書かれています(日本年金機構 適用事業所と被保険者)。つまり、法人を作ると、その法人は健康保険・厚生年金保険に加入する立場になります。このページには、役員個人の資格については個別の記載がありません。役員の扱いは、次の章で説明する厚生労働省の通知で示されています。
法人から役員報酬を受けて、その法人の被保険者になる場合、健康保険と厚生年金の保険料は、法人から受ける報酬を基準に決まります。個人事業の所得は、その基準に入りません。これが「併用」の保険料の見方の特徴として語られる点です。一方で、個人事業側の所得がどう扱われるか、国民健康保険料がどうなるかは、加入している保険や自治体、扶養の状況などで変わります。ここでは金額の例を挙げません。保険料の仕組みと2026年度の料率はマイクロ法人で社会保険料が変わる仕組みで整理しています。
ここで大事なのは、社会保険に入れるかどうかは、保険料の損得ではなく「資格があるか」で決まる点です。資格の判断は、次の章のとおり、実態で見られます。
2026年の通知が見ているもの:併用の人に関わる部分
2026年3月と9月に、厚生労働省は「法人の役員である個人事業主等に係る被保険者資格の取扱い」を通知で示しました(くわしくはマイクロ法人の社会保険は2026年の規制でどこまで対象になったのか)。通知が問題にしたのは、社会保険料の削減をうたう事業者の法人に個人事業主が形式的に入り、報酬を上回る会費などを払う仕組みです。そのような実態がないと確認された場合は、資格喪失の届出を求めるとされています。
通知は、役員の資格を次の2つの基準で、実態を踏まえて総合的に判断するとしています。
- その業務が、実態として法人の経営に参画することを内容とする、経常的な労務の提供か
- その報酬が、その業務の対価として、法人から経常的に支払われるものか
併用の形を考える人にとっては、ここが核心です。通知の原文は、自分で設立して自分で経営する法人を名指しはしていません。しかし、基準そのものは「実態があるか」を問うものなので、自分の法人でも、事業の実体、役員としての業務、報酬の継続性が説明できる状態にあるかが問われる、と考えるのが自然です。この点は2026年の通知の整理記事と同じ見方です。
併用を考える人が、自分で確認しておきたい点
通知の基準をふまえ、専門家に相談する前に整理しておくと役立つ項目です。これは「こうすれば大丈夫」という意味のチェックリストではなく、事実を確認するためのメモです。
- 法人に実際の事業があるか:契約、請求書、入金、帳簿などの記録が、法人の名前で残っているか
- 役員としての業務は何か:経営の判断、取引先とのやり取り、経理や契約の管理など、具体的に何をどのくらいの頻度で行っているか
- 報酬は仕事の対価か:法人から継続して支払われているか。報酬の額が、業務の内容や法人の収益と照らして説明できるか
- 法人の外に払うお金はないか:会費、協力金、コンサル料、委託費などの名目で、報酬を上回る、あるいは報酬の多くを占める支払いがないか
- 社会保険料の削減をうたうサービスを使っていないか:使っている場合は、契約の内容と、お金の流れを確認する
通知には、「極端に短い勤務時間」などの具体的な時間数や、報酬額の下限は示されていません。数字で線を引けないため、「これで安全」と断定できる基準は、通知の文言からは読み取れません。判断は最終的に保険者(協会けんぽ・健康保険組合・日本年金機構)が行います。
事業の形を考える前に、使える制度を確認したい方へ
この診断は、社会保険の資格や税額の判断、併用の有利不利を判定するものではありません。事業の段階・所在地・準備状況から、確認しておくべき補助金・助成金の方向性を表示します。入力は不要、無料です。採択を保証するものではありません。
事業の切り分け:同じ事業を法人と個人に分けるときの論点
併用では、法人と個人事業が別の事業である場合もあれば、同じ種類の事業を両方で行う場合もあります。後者の場合、「どの取引が法人のもので、どの取引が個人のものか」を説明できることが重要になります。一般論として、次のような点が論点になります。
- 契約の当事者:取引先と契約したのが法人か個人かで、売上の帰属が決まります。実態とずれた帳簿づけは、後から説明が難しくなります。
- 経費の区分:法人の経費と個人事業の経費を混ぜると、どちらの事業のための支出か分からなくなります。口座、クレジットカード、領収書の管理を分けておくことが、基本的な対策として語られます。
- 法人と個人の間の取引:法人が個人から借りる、個人が法人に業務を委託する、といった取引は、金額や条件が実態に合っているかが問われます。
国税庁の研究資料では、同族会社には、少数の株主に支配されるため税負担を不当に減らす行為が行われやすいことから、そのような行為や計算を税務署が認めない仕組み(法人税法132条など)があると説明されています(税務大学校論叢 要約)。本人が100%株主の法人も同族会社にあたります。この規定がどんな場合に使われるかは個別の事情で変わるので、ここでは一般論の紹介にとどめます。具体的な切り分けは、税理士に相談してください。
消費税の見方:基準期間は個人と法人で別に決まる
国税庁のタックスアンサー(No.6501)では、消費税の納税義務は、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であれば原則として免除される、と説明されています。基準期間は、個人事業者ではその年の前々年、法人ではその事業年度の前々事業年度です(国税庁 No.6501)。個人と法人で、それぞれの基準期間が定められているということです。
新しく作った法人は、設立1期目と2期目に基準期間がないため、原則として免除されます。ただし、資本金が1,000万円以上の場合や、他の者に支配されていて一定の要件に当てはまる「特定新規設立法人」にあたる場合は、免除されません。また、インボイス発行事業者の登録をしていれば、免税の制度は使えません(国税庁 No.6503)。特定新規設立法人の要件は複雑で、自分の法人がどれにあたるかは、国税庁の資料と税理士で確認する必要があります。
また、個人事業者が使える「3割特例」は、法人では使えません。このため、併用の場合は、個人側と法人側で消費税の扱いが違ってくる可能性があります(インボイスの3割特例とは?)。どの方式が合うかは、売上、仕入れ、業種などで変わります。この記事では判断しません。
併用が向く人・向かない人を考える材料
併用が向くかどうかは、人によって違います。「向く」「向かない」と断定せず、判断の材料になる点を並べます。
| 見る点 | 確認しやすい状況 | 慎重に見たい状況 |
|---|---|---|
| 法人の事業 | 法人に独自の事業や取引があり、記録が残っている | 法人に取引がほとんどなく、社会保険に入るための器になっている |
| 役員の仕事 | 経営判断や契約管理など、継続した業務がある | 名義だけで、具体的な業務を説明しにくい |
| お金の流れ | 法人の外に払う会費や協力金がない | 名目を問わず、報酬の多くを外部に払っている |
| 事業の区分 | 法人と個人の契約・経費・口座を分けて記録している | どちらの事業の取引か、後から説明できない |
| 固定費 | 法人の費用(設立費、税理士費用、赤字でもかかる地方税など)を把握している | 保険料の差だけを見て、法人の運営費を見ていない |
法人は、利益が出ない年でも、決算や申告、地方税の均等割などの費用がかかることがあります。運営の手間と費用は、保険料の増減と合わせて見る必要があります。保険料の金額の違いだけで形を決めると、後で想定と違う結果になることがあります。
まとめ
併用とは、法人と個人事業をそれぞれ持つ形です。法人の役員報酬を基準に社会保険に入る仕組み自体は従来からありますが、2026年の厚生労働省の通知以降は、法人の事業と役員としての仕事の実態、報酬が業務の対価になっているかどうかが、より重く見られます。通知の文言から、「ここまでなら大丈夫」という線は読み取れません。一方で、併用そのものを通知が禁じているわけでもありません。
消費税では、個人と法人でそれぞれ基準期間が決まり、3割特例のように個人だけが使える制度もあります。事業の切り分けや経費の区分は、記録を分けて残しておくことが基本です。具体的な判断は、社会保険は社会保険労務士・年金事務所に、税金は税理士に確認してください。
免責・一次情報
本記事は一般的な情報提供であり、個別の社会保険・税務・法務に関する助言ではありません。併用による保険料や税額の増減、有利不利、社会保険の資格の有無について、特定の個人や法人に当てはめた判断はしていません。具体的な判断は、社会保険労務士・税理士などの専門家と、保険者・税務署にご確認ください。節税や保険料の削減を保証するものでもありません。内容は2026年11月時点の情報で、一次情報を確認しています。制度は今後見直される可能性があります。